宗祖は
 曹洞宗では、他の宗派で言うところの宗祖にあたる方を「両祖(りょうそ)」と言い、お二人を立てています。
 道元禅師(高祖承陽大師 こうそじょうようだいし)と瑩山(けいざん)禅師(太祖常済大師 たいそじょうさいだいし)で、道元禅師を父親、瑩山禅師を母親にたとえています。
 それは、道元禅師が宋(現在の中国)に渡り正しい法を日本に伝えられ、深山幽谷の地に永平寺を建立し、厳しい修行の下、純粋な禅を示してくだされました。また、瑩山禅師は道元禅師の教えを受けながらも、総持寺を建立するとともに、下級武士や商人、農民など民衆に向かって教化につとめ、今日の曹洞宗1万5千カ寺といわれる大教団の礎を築かれました。
 曹洞宗の種を蒔かれた道元禅師と地に根を這わせた瑩山禅師のお二人を両祖としておまつりしています。
本尊は
 曹洞宗ではお釈迦様をまつるのが基本です。東照寺も本堂の須弥壇の真ん中にはお釈迦様が鎮座されております。
 しかし、薬師如来などの仏様がまつられているご寺院もありますが、長い歴史の中で曹洞宗が全国に広まり、多くの既成仏教寺院が曹洞宗に改宗した場合もあり、そのときに既にその寺にまつられていた仏様をそのまま本尊とした場合や、地域の信仰に即した仏様を本尊にしたこともあるのでしょう。善し悪しの問題ではありません。
 みなさんの仏壇にもご本尊としてお釈迦さまをまつり、手を合わせましょう。
本山は
 道元禅師が開かれた、福井県永平寺町にある『永平寺』と、瑩山禅師が開かれた、神奈川県横浜市鶴見にある『総持寺』を両本山としております。

 永平寺は、今から約760年前の寛元2年(1244)に道元禅師によって開創された「日本曹洞宗」の第一道場で出家参禅の道場です。
 境内は約10万坪(33万平米)、樹齢約700年といわれる老杉に囲まれた静寂なたたずまいの霊域に、七堂伽藍を中心に70余棟の殿堂楼閣が建ち並んでいます。

 総持寺は、瑩山禅師が元亨元年(1321年)に石川県鳳至郡門前町の寺院を、「諸嶽山総持寺」と改名し入山、その後、曹洞宗は大きく発展しましたが、明治31年(1898年)火災があり、明治44年(1911年)に現在の横浜市鶴見に移転されました。千畳敷の大祖堂は大道場にふさわしい威厳に満ちています。
 石川県には現在、総持寺祖院があります。
お坊さんの呼び方
 修行中のお坊さんを「お坊さん」「雲水(うんすい)さん」。住職になると「和尚(おしょう)さん」「方丈(ほうじょう)さん」「堂頭(どうちょう)さん」「ご住職」「ご老師」などでしょうね。東照寺の地方では「おっさん」と言います。「和尚さま」の方言ですね。ここにあげた呼び方であれば間違いではありませんが、その土地に親しまれている呼び方でいいのではないですか。
お経は
 お経というのはお釈迦様の説法が起源です。お釈迦様が亡くなった後に、生前にこんなことを教えていただいたというように、記憶したものを暗唱して伝えられてきました。文字として表されたのはお釈迦様が亡くなられて500年後のことなのです。
 曹洞宗の宗典は『修証義(しゅしょうぎ)』です。このお経は道元禅師が著された『正法眼蔵』から抜粋し、明治時代、約100年前に作られた曹洞宗独自の新しいお経です。仏事法要などでもっとも読まれます。
 そのほかには、「法華経」「大悲心陀羅尼」「般若心経」などが日常よく読まれます。
曹洞宗 「そうとうしゅう」 と濁らずに読みます。
曹洞宗について
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