新西国番外 次年子 青松寺
よをてらす ほとけのちかい ありければ まだともしびも きえぬなりけり
【宗旨】曹洞宗 洞寿山 青松寺
【本尊】釈迦牟尼仏 【御祭祀】聖観世音菩薩
【別当】大石田町次年子415
住職 茂庭秀道 рO237−35−4798
【由緒】
当寺は、向川寺十五世安室存芸大和尚の開山で、寛永九年(一六三二年)以前に開かれた当時は「青松院」でした。
聖観音は、昔から寺の裏山に観音堂があって、そこにお祀りしてありましたが、火災にあってしまい、その時より一緒にあった七観音(石仏)と共に寺の本堂に移されました。
次年子村は大同二年(八〇七年)に開村し、わずかな田と焼畑で暮していました。室町時代(一四〇〇年頃)晩秋の頃、名主の海藤十兵衛宅に旅の途中の「お里姫」が逗留した折、御礼として「箕つくり」と「そば打ち」を伝授したのが、名産の箕と次年子そばの始まりと言われています。その後、お里姫は氏神として祭られ、旧暦三月九日に祭礼が行なわれています。